防人    2







 プロフェッサー・ランドウが日本各地に自爆メカを上陸させ、日本政府に服従を迫ったのは、ゲッターロボを脅威としたのか、あるいはそのゲッターを率いる人間を抑え込もうとしたのか。
 日本政府はランドウに屈した。
 號たちゲッターチームはネーサー基地を脱し、アラスカの最前線を目指した。
 そこでは連合国による最新鋭鉄鋼軍団が、攻撃要塞テキサスを擁し、戦っていた。その中に身を投じたゲッターチームは、予想以上の過酷な戦いを強いられた。武力だけではない、精神的に痛めつけられた戦い。日本政府の保護を持たないゲッターチームは、ある意味、勝手に押しかけてきた邪魔者扱いだった。作戦の一端も知らされない。それは無理もないことと言える。日本政府はランドウに服従した。連合軍を裏切らないと誰が言えよう。少しの油断も甘さも生死にかかわるのだから。
 結果、多くの命と悲しみを犠牲にして、アラスカ戦線勝利した。
 続いて、ロシア極北地区でもアメリカ軍とロシア連邦、アジア連合が合流。ランドウ軍を殲滅。ヨーロッパ戦線においても苦境に立たされたランドウ軍は、ロシア・中国の本格的な参戦により撤退を余儀なくされ、ますます追い詰められていった。そして。

 ランドウは、未完成の「ベガゾーン」を始動させた。
 北極海 グリーンランド北で、イギリス海軍原子力潜水艦ゴッドタートルB-48は

       ソレを 見た。





                              ☆






 號は移動メカニック機クジラ2005Dで日本に向かっていた。
 アラスカ戦線では多くの命が犠牲になった。ドイツのグスタフ、カナダのロボスーンT520。そして戦艦テキサスの乗組員たち。
 それぞれが平和を守るという信念のもと、散っていった。
 それは各々覚悟していた。覚悟されていた死だった。それでも。
 たとえ志願して乗り込んでいたとはいえ、助かるのであれば生きたい、助けたい。それはすべての者の願いだった。
  ・・・・・・・・・・願うだけで叶うほど
     戦いは甘くない。

 日本に向かうクジラの中に翔の姿はない。一人、アメリカに残っている。 アメリカ軍の要請もあり、日本との連合作戦の間に入るという。
 戦闘でこれ以上もないほど壊れたゲッターロボの修理には、半年はかかるだろう。それでも間に合うだろうか。
 ゲッターロボを持たぬゲッターパイロットに何ができるだろう。   
 やるせない無力感と行き場のない焦燥感を、かろうじて抑え込みながら號が向かった先で。



 ドォォォ-----ン!!!
 モニターの向こう。轟音とともに閃光。

 「千葉のコンビナートが爆発したぞ!!」
 「被害はどの位!?」
 「近隣の住民は避難させていましたから人的被害はありません。ですが、工業地帯は3分の2が吹っ飛びました。」
 「神さん。別な方法を考えたほうがいい。」
 真っ青な顔の研究員。縋るような眼差しを向けられた先に、動かぬ白皙。
 「福岡の山倉三尉、聴こえるか。」
 「はい。」
 モニターの映る若い男。
 「静岡の山咲二尉。」
 「はい。青と赤は切りました。」
 色白の、こぼれるような大きな瞳の女性隊員が答える。凛とした強い瞳。
 「あとはもう一本の赤が先か、黄色か黒。」
 「神一佐。自分では決めにくいです。一佐が命令してください。へへ。」
 照れたように笑う。

 「よし、黒だ。」
 「神一佐。黒を切ります。」
 「待て、山倉。ここは山咲から行け。」
 「はい。」 
 「神一佐!!」   真後ろで 悲鳴。
    パチン。
 モニターの向こうに閃光。
 司令室に重い沈黙。
 瞬きもせずモニターを見詰める、感情を映さぬ眼。
 「神一佐。」
 もう一方の画面から声が届く。
 「もう一本の赤、行きます。」
 山倉三尉が迷いのない声で告げる。
 「よし、赤を切れ。」
 「神さん!!」
     閃光。

 「アンタ、なにやってんだ!!?」
 激昂し、隼人に飛び掛らんばかりの號を、剴が必死に押さえる。
 「他に住民の避難が完了した地域?」
 何事もなかったかのように問う隼人。
 「は、はい。広島、神奈川、埼玉・・・・・・」
 額に汗をびっしょり浮かべた所員。
 「では、広島の千葉三尉。」
 「はい、一佐。黄色は切りました。」
 まだあどけない顔の女性隊員が返事する。
 「残るはもう一本の赤か、黒だ。」
 「命令を。一佐。」
 「・・・・・・・・赤を切れ。」
 「やめろ!!」
 號の絶叫。モニターに映される赤のコード。
 ペンチが入れられた。
 
    無音。

 「あ?あ!成功です!!」
 喜びが司令室に溢れる。皆、狂喜した。
 「よし、ご苦労。全員、コードを切断しろ。青、右端の赤。黄色。もう1つの赤。そして黒だ。」

 大きな画面に各地の隊員たちが映った。青森、秋田、仙台、神戸・・・・・国内の大都市ほとんどに、何十基と居座っていた自爆メカ。ランドウが爆発させないと約束したとはいえ、いつ反古されるかわからぬ、咽元に突きつけられた剣。
 画面の向こうで次々とコードが切断され、満面の笑みを浮かべる隊員たち。

 「・・・・・・何人だ・・・・・?」
 喜びに湧く司令室に、凍るような声。
 皆、一斉に声の方向を見る。憤怒の表情を顕わにししつつ、かろうじて自分を抑えこんでいる號。
 すでにモニターから目を離し、新たな報告を受け、更なる指示を出していた隼人がゆっくり振り向いた。
 「コード切断だけで言えば7名。解除コードの場所を見つけるまでに犠牲になったのは25名だ。」
 温度を感じさせぬ声音でそう告げられたとき、號はハッとした。確かにあんな巨大で、しかも敵の作った物の何処に爆発を無効にするコードがあるか、わかるはずがない。少しでも触れたら爆発し、20キロメートル四方を破壊する自爆メカ。日本政府がランドウに屈したあとも続々と上陸し、すでに100基ほどもあるだろう。
 最初に上陸したとき、何も知らずに攻撃し、爆発させてしまったとき、派遣されていた自衛隊員を含め数百人の人間が犠牲になった。それでいけば、わずか32名で自爆メカを無力化できたといえるのかもしれないが。
 そして何よりも。
 おそらく犠牲になった32名と、まだ自爆メカの中にいる隊員はすべて皆、志願して乗り込んだのだろうけれど。
 「こんな方法を許可することも、命令することも、出来る人間なんだな、あんたは。」
 その白皙は動かない。
 「死んでいく人間に、すまなさそうな顔さえしないんだな、あんたは。」
 思わず口に出してしまったのは嫌悪か?怒りか?悔しさか?
 それとも。
 「心配するな。奴らへの言い訳は地獄でやるよ。」
     
       一人で背負う     哀しさか。



 一時間後。
 號は浅間山の廃墟となった建物の前にいた。
 早乙女研究所。
 隼人が扉の解除をしている。
 黙々と手を動かす隼人の後ろで3人--------號、剴、そして女性自衛官 南風 渓------は、その威容に言葉を無くしていた。 
     

 



                                   ☆






 隼人は早乙女研究所の管制室で、途切れ途切れに送られてくる各国の状況を聞いていた。ついに動き出したベガゾーン。
 15年前 北極基地を叩いたとき見失ったランドウ博士が、必ず再起するだろうとは思っていた。だが、それでも負けはしないと信じていた。相手が人類である限りは。
 それは決して自惚れではない。現に今、世界の国々は協力し、スーパーロボットを要としてランドウ軍を押し返していた。洗脳されたサイボーグゾンビは、いくら強力な体を持つとはいえ、強い意志を持った戦士に敵うはずがない。
 號たちネオゲッターチームが日本を離れ、アラスカ戦線に向かったとき、厚遇されないだろうとはわかっていた。ネオゲッターだけが唯一無二の守護神ではない。號はずいぶん怒っていたが、世の中を知ることも重要だ。各国にも優れたロボットはある。號はネオゲッターしか見ていないから無理もないが、所詮アレは俺が造ったロボットだ。力の限界は知っている。
 それでも敵が人類でさえあれば、お互いの力を認めて共同作戦を遂行させれば勝つことが出来る。全員、選ばれた戦士だ。いがみ合っていたとしても、何が一番重要かは知っている。
 問題は。
 もうひとつの地球の種だ。
 人類を憎み、抹殺を誓うハチュウ人類。
 恐竜帝国。
 人類は高々数万年の歴史しか持たない。科学を手に入れてから1000年にも満たない。それに比べてハチュウ人類は高い科学力を持ったまま、長い永い時間を過ごしてきた。灼熱のマグマに潜んで。どう足掻いても、人類は科学力では敵わない。ただ、救いとなるのは、切り札となるのはゲッター線。だがそれは制御しきれない諸刃の剣。
 15年前。何の予兆もなく一瞬で廃墟と化した早乙女研究所。守るどころか、看取ることすらできなかった。
 残されたのは。
 再び失う恐れがあるというなら、最後まで封印しておこうと思っていた。共に生きることができなくても、失うよりはずっといい。だが今。
 封印を解かねば、人類そのものを失うかもしれない。
 ・・・・・・・・この体は随分、ガタがきている。いっそ、サイボーグになりたいくらいだ。そうすればアイツを呼ばなくて済んだかもしれない。ここに来るまでは、なんとか俺と號と剴で動かそうと思っていたが。
 先程真ゲッターを動かしたとき、それはただ立ち尽くしたままで、ビームだけを発射させたはずなのに、そのエネルギー、パワーの強さは俺の記憶をはるかに超えた。塞がっていた体中の傷口が開いた。號を乗せ、ネオゲッターのGに耐えながら空中で戦ったときでさえ、傷跡が浮かび上がっただけなのに。表面の傷、筋肉の傷が開くだけなら構わないが、内臓のほうが出血したら、さすがに俺でも2人のフォローに回るのが精一杯だろう。それもいつまで持つか。
 號の力は認めているが、真ゲッターに慣れない號ひとりでは到底、主になって動かせはしない。
 號、このゲッターに乗れる、最後のパイロットを連れて来てくれ。


        真ゲッター 出動だ。          
                        竜馬。






 
 隼人と殴り合いながら、俺は知った。隼人の体が、ゲッターを動かすことが叶わないほど痛んでいるのを。
 拳も蹴りもあの頃と変わらぬ鋭さだが、それが、一瞬一瞬のものでしかないと解った。
 その思いは、真ゲッターを動かしたとき、もっとはっきりした。
 以前俺たちが動かしたときよりもずっとパワーアップしていた。いや、パワーアップというような優しいもんじゃない。貪欲に、出来うる限りのエネルギーを取り込み、それを新星のように爆発させる。
 敵を倒したとき、1つの街を巻き込んで消滅させた。そのエネルギー。
 隼人の強靭な精神が、肉体の負担を凌駕したけれどそれも限界がある。
 恐竜帝国の最終兵器、デビル・ムゥ。これと遣り合えば途中で隼人は死んじまうだろう。いや、根性で操縦幹は離さねえかもしれない。武蔵や弁慶のように。うんにゃ、やっぱ無理だろ。もともとあいつらほどタフじゃねぇし、あれだけガタのきた体じゃあな。これが最後の戦いというなら、それもいいかもしれないが。
 タイールというガキがいる。
 隼人に「こいつは誰だ?」と聞かれると思ったが、「何故ここにグリーンアース教のタイールがいるんだ?」って聞かれた。
 「おまえ、このガキ、知ってるのか?」って聞いたら、当たり前だと返された。そうだった隼人が知らないことのほうが少ないんだっけ。でも、
 「こいつ、早乙女博士の伝言を持ってきたんだってよ。」といったら、多分、「馬鹿か。」と言われると思っていたんだが、
 「そうか。」 と軽く頷かれてしまったのには吃驚した。おまえ、信じるのかって言うと、「俺もさっき、早乙女博士に会ったからな。」と少し懐かしそうに言いやがった・・・・・・・俺は会ってないぞ・・・・・・・・・いや、別に会いたかったってわけじゃねえけどよ。
 ともかく、肝心なのは、このタイールって奴はゲッターに乗れるってことだ。それが重要だ。號と俺とタイールと。3人揃った。つまり。
 隼人は必要ない。
 っていうか。
 隼人はまだ、この地球に必要だってことだ。
 いずれ、まだ何かあるってことだろ。
 ゲッターは無駄なことはしない。こんなところでも効率的ってか。
 おまえ一人に押し付けて悪いとは思うが、仕方ねぇ。
 運命に逆らうのも運命だって思ったが、すでに俺はゲッターの未来を垣間見た。號も「そうだ」という。隼人が同じものを見たかは知らないが、それは別に重要ではないだろう。
 確かなのは、この3人でデビル・ムゥに対処できるってことだ。タイールの役目は他にもあるのかもしれないが、それは俺の関することじゃない。
 この戦いが終わっても、いつか、更なる問題が起きるんだろうな。まぁ、まかせるぜ、隼人。お前は怒るだろうけど、ややこしいことはゴメンだ。俺の取りえは直接戦うことだけだ。それなら負けない。適材適所ってやつだ。恨むなよ、隼人。なに、心配するな。いつかきっと、そう、必ず。
 武蔵や弁慶、早乙女博士やミチルさん、元気。また会えるさ。



             友よ。     また  会おう。





                              ☆





 それから数年後。
 浅間山。崩壊の日、そのままの姿を留めている早乙女研究所の近く。ひっそりと建つ屋敷。
 

 隼人は広く取られた窓を開けた。冷えた夜気が心地よい。
 恐竜帝国女帝ジャティーゴの率いるデビル・ムゥと真ゲッターが火星に消えた後。
 ネーサー司令としてのすべての仕事を終えた隼人は、日本政府はもとより、各国からの要請をすべて断って隠棲していた。いつのまにか我が物顔に住みついた敷島博士とともに。
 また俺だけが残された。
 だいたい俺は、武蔵がひとりで出撃したときも、一緒にゲッターと共に死ぬのもいいと言ったのに、博士に怒鳴られた。
     「甘ったれるな、君には残酷な未来がある。」

 ここまで残酷な未来を押し付けられるとは思ってみませんでしたよ、早乙女博士。ご自分はさっさと逝ってしまわれたのに。
 
 窓の向こうには火星。
 あの星はあのとき一際赤く輝いた。三日三晩、真紅の炎のように。
 そしてその後、分厚いガスに閉ざされた。光も届かず、探査機も窺えぬ沈黙の星。
 真ゲッター、デビル・ムゥ、核弾頭ミサイル。三乗されたエネルギーが火星にどのような影響を与えたか、そのガスの下を知る術はない。
 真ゲッターが火星に飛んだとき、その一部始終を宇宙から見ていた宇宙スティーション「ムーンシャドー」の所長、シュバイツァ博士は、一度隼人に会いに来た。いろいろ話をしたあと、彼は聞いた。
 「神博士は、火星には行かれないのですか。」
 火星が探査機も近づけない星と知りつつ、あえて聞いた。隼人はわずかに口角をあげ答えた。
 「私もその日を待っているのですよ。地球から放たれる日を。」
 「・・・・・・・・・・・早乙女研究所の地下には、何かが眠っているそうですね。」
 「眠り続けてくれるのなら、お守もしないですむんですがね。」
 やわらかな笑みだった。
 確か、この人は、目的のためにはあらゆる手段を講じる沈着冷静、明晰な頭脳を持ち、そしてどんな命令も下せる冷酷な人間だと聞き及んでいた。世界中の研究機関や政府首脳陣から招聘され、望めばどんな地位も名誉も富みも手に入れられるというのに。
 こんなところで世捨て人のような生活を送っているのが不思議だと言われていたが。
 気づいてしまった。
 この人は、自分の才が必要とされない世界を望んでいる。そう、再び人類以外の敵が攻めてこない世界を。
 そのため少しでも早く日々が過ぎるのを待っている。「終わり」に近づくことを。たぶん、『お守』とやらに縛られて、自分から火星に行くことは出来ないのだろう。なぜそんなふうに思うのかは知らないが、これまでにいくつもの戦いを経てきたこの人は、他の人間とは違う何かをみつめ、そして何かを課せられたのだろう。そんな気がする。
しばらく話を続けた後、シュバイツァ博士は家を辞した。夜となった天空を見上げる。あのとき、安全なところから見ていただけの戦い。あのとき地上では、どれほどの命が失われたのだろう。地球は、人類は、そこまで犠牲を払わねばならぬ、どんな罪を為したというのだろうか。


    はるかな火星。     ここからは何も見えない。







                               ☆




 
 日々は過ぎ。
 シュワルツと結婚してアメリカにすんでいる翔が来て、いろいろ話をしていった日。
 夜に訪問者があった。


 隼人は敷島博士に告げる。
 カムイを預かったと。
 再び、何かが始まると。

 黙って部屋を出て行った敷島は、戻ってきて一枚のディスクを隼人に渡す。

    「この日が来ないことを、望んでいたが。
               諦めてもおった。」





               「早乙女の最後の遺産じゃ。」





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   ゑゐり様  12500番リクエストです。
          
          「  防人   2 」
  
  先回に引き続きリクエスト、ありがとうございます。
  おかげさまで、「防人」が完成ですわ。(おい、リクエストなければ、放置するつもりだったのか?!)
  いえ、その・・・・・・
  時系列でいけば、このあと「遠い 約束」が入ります。ふー、やっと、「アーク」にたどり着く目途が立った!
  と、人様の好意にすがっているかるらです。
   2004年の5月にサイトを立ち上げましたので、もう3年が経過し、4年目に入ったわけです。
   これも皆様のおかげです。ありがとうございます!!
          (2007.6.5)


 PS  : ところで、自爆メカのコードをきるシーン。
      あれ、なんで、黒が最後ってわかるんでしょ?わたし、数学も苦手でしたのでわかりません。
      で、落ち着かないので、今回、一回余分に切ってもらいました。ごめんね、山倉君。